今日は第42回 堺まつり!パレード見に行ってきました~

第42回堺まつり

2015年10月18日の今日、第42回堺まつりが開催されました。
堺まつりって、パレードとかあって結構大々的なお祭りなんですね~。J:COMが生中継していました。

今年は9月末からお祭り三昧!岸和田だんじり祭りに、堺・津久野だんじり祭り、で今日は堺まつり


もともと生まれ育った町が、夏祭り(ふとん太鼓)が盛んな町だったので、お祭りの太鼓やお囃子の音、掛け声(?)を聞くと元気になった気分になります。

堺ふとん太鼓の歴史

堺ふとん太鼓
堺の練物の歴史は古く、元禄年間よりと推定されています。旧堺市の祭礼について考える時、忘れてならないのは、住吉大社の祭礼との関連です。諸説あるが約1300年前に、書かれたとされる「住吉大社神代記」で、住吉大社祭事で重要な祭事とされる「南祭」すなわち六月御祓(みなつきのみはらえ)は、開口水門姫神社(あぐちのみなとひめじんじゃ)に行宮、飯匙掘(いいかいぼり)にて斎行される事が記述されています。

堺まつり ふとん太鼓連合保存会のホームページに上記のような、歴史が書かれていたんですが、難しくて意味がわかりませんでした。なので、そのまま引用させていただきました。

堺の地車騒動

そして、もうひとつ気になる内容がありました。

明治29年の旧暦八月一日のことである堺市中之町西の紀州街道で、地車が1台通れるほどの細い道において、湊組の船地車と北の鍛治屋町地車が鉢合わせとなり、お互い道を譲らず争論となり、あげくの果てには周辺民家の瓦を剥がし瓦合戦になってしまい、湊組が突きかかり2名の殺傷者を出してしまった。

堺警察の警官が数十名駆けつけ双方の数十名を捕縛した。この事件は「堺の地車騒動」といわれている。この事件より祭礼には地車は一切曳行してはいけなくなった。後に日本は日露戦争に勝利しそれを祝し、翌年明治39年練物曳行は許可された。 その翌年に菅原神社の北開仲、北浜、並松町 船待神社の西湊が地車に代わり”ふとん太鼓”を新調しそれぞれの神社に奉納した。この年より4.5年の間に開口、菅原、方違、船待神社の氏子仲が次々にふとん太鼓を新調したのである。

なるほど・・・堺のふとん太鼓には、こんな歴史があったんですね。

ということで、堺まつりパレードの、ふとん太鼓の動画をアップしましたので、どうぞご覧ください!

堺まつり大パレードのパフォーマンス

堺まつりの大パレードでは、各時代を象徴する衣装をまとった人たちが練り歩いたり、パフォーマンスを披露する団体も参加する、御堂筋パレードみたいな感じのパレードでした。

何時代なんだろ?こんな衣装をまとった人達や、鉄砲を持った人もいました。
鉄砲の人たちは、なんか地味な感じだったので、どんなパフォーマンスするんだろ?と思っていたら、いきなり発砲!一瞬の出来事で写真もビデオもまわしていませんでした。

堺まつりパレード

その他にも、チアリーディングや、ミュージカルダンス、吹奏楽パレードなども!
楽しい1日になりました。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*

ABOUTこの記事をかいた人

主人と20歳になる娘の仲良し3人家族。家族の笑顔はママの腕にかかっていると、スーパー主婦を目指すアラフィフ主婦です。 日常の生活の中で、メモしておきたい出来事やお役立ち情報。 そして、お料理も好きだけど、食べ歩きは大好き!おススメの料理や、美味しいお店などの紹介を配信しています。